偈 全文 正信 偈 全文 正信

他に比類のない阿弥陀如来に我が身をお任せしなさい と記されています。 それが「唯能常称如来号、応報大悲弘誓恩」(ただよく、常に如来の号を称して、大悲弘誓の恩を報ずべし)と「正信偈」には表されています。 我また、かの摂取の中にあれども、 煩悩、眼を障えて見たてまつらずといえども、 大悲倦きことなく、常に我を照らしたまう、といえり。

それから真剣に雨の日も風の日も阿弥陀如来の本願をし、29歳のときに、一念で後生明るい心に救い摂られたのです。
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ゆゑに阿弥陀と名づく。 お寺参りの時の経本持参代わりにスマホで表示しやすいようにしてみました。

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「 唯説」とは、2つも3つもない、ただ一つのことを説かれた、ということです。
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晩年になるまでずっと、ただ阿弥陀様のご恩深きことを喜び、確かに救ってくださるそのはたらきを、お喜びになられたお方でありました。 仏は究極的な依りどころであるから 畢竟依 ひっきょうえといい、阿弥陀仏の別名でもある。 爾者帰大聖真言閲大祖解釈信知 仏恩深遠作正信念仏偈曰• 私たちは、幸福を求めて生きているのですから、一体何が私たちを幸せにするのか。

ではどうすれば、絶対の幸福になれるのかという真実の仏教の本質は、小冊子とメール講座にまとめておきましたので、今すぐ以下からご覧ください。 法身の光輪、法界に遍じて世の盲冥を照らす、ゆゑに頂礼したてまつる。
偈 全文 正信 偈 全文 正信

どれだけ叫んでも叫んでも、これで満足だ、これで終わったということのない喜びです。 深心はすなはちこれ深信なり。 ところが、真実の信心は、2つも3つもありません。

原文 書き下し文 帰命無量寿如来 ( きみょうむりょうじゅーにょーらいー ) 無量寿如来に帰命し、 南無不可思議光 ( なーむーふーかーしーぎーこーう ) 不可思議光に南無したてまつる。 煩悩具足の凡夫という苦しみ悩む人でもこの信心を得たなら、仏のさとりを開くことができる。
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親鸞聖人撰述の『三帖和讃』とともに、本願寺第8世蓮如(1415年〜1499年)によって、僧俗の間で朝暮の勤行としてお勤めするよう制定され、現在も行われている。 過去と現在と未来と、いつも悩み苦しむ人びとがいます。

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それというのも、『 正信偈』は非常に深いので、解説講座も少ないですし、本で学ぼうにも、学術書は難しすぎ、逆に入門書は分かりやすくしようとして意味が変わってしまったりしています。 本データベースの一部もしくは全体をインターネット等において公開する場合には、加工の有無に関わらず、事前に書面により当センターに連絡し、その許可を得てください。
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正信偈の出拠【参考文】 『大経』無量寿仏の威神光明は、最尊第一なり。 『蓮如聖人御一代聞書』陽気・陰気とてあり。 親鸞聖人と同じ心とはどんな心かというと、「 帰命無量寿如来 南無不可思議光」、と『 正信偈』を書き始めてからずっと、親鸞はどんな心に救われたかここまで書いてきた。

もっと簡単に、正しい『正信偈』の意味を知ることができます。