家紋 織田 信長 家紋 織田 信長

『』(ドラマ/2012年)• 織田信長が使用した家紋には、父信秀から受け継いだ織田木瓜紋を定紋として使用し、足利義昭や皇室から報酬として与えられた家紋、自分が気に入った家紋と7種類を使い分けていたと考えられます。

その後、家康が徳川姓を名乗り、豊臣家を倒して政権を奪うと、朝廷は家康に桐紋を与えようとします。 それ以降、加藤清正は 「蛇の目紋」と「桔梗紋」を併用するようになりました。
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今では、鳥の巣に似ていることから、子孫繁栄のとして考えられることが多いです。 この記事のまとめ 三英傑の家紋というテーマで、信長、秀吉、家康の家紋についてご紹介しました。

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尾張統一を果たした織田信長は、1559年上洛し室町幕府13代将軍・足利義輝に謁見した。
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尾張守護代の織田氏の中でも庶流・弾正忠家の生まれであったが、父の代から主家の清洲織田氏(織田大和守家)や尾張守護の斯波氏をも凌ぐ力をつけ、家督争いの混乱を収めて尾張を統一し、桶狭間の戦いで今川義元を討ち取ると、婚姻による同盟策などを駆使しながら領土を拡大した。

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現在では安土城を見ることができないのが残念ですね。 甲冑や陣羽織、ドラマや漫画などの陣幕や旗指物などでもよく見かけますね。
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信長は1568年、足利義昭を将軍職に就かせます。 ただし、状況から推測することぐらいは、出来そうですよね? 例えば、徳川家康の旗印は「厭離穢土・欣求浄土」ですが… コレの意味は、我欲で争う戦国時代に身を置き戦いながらも、平和を願う!的な決意表明です。

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『』(大河ドラマ/1988年)• 木瓜紋そのものは、もとは平安時代の貴族が牛車などにあしらった紋様(これを「有職紋様」といいます)で、戦国時代には朝倉義景や滝川一益が使っていました。 「長篠の戦い」・「本能寺の変」・「明智光秀」について詳しくは、以下のリンク記事をどうぞ。
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織田木瓜は、「五木瓜」(いつもっこう)や「五瓜に唐花」(ごかにからばな)といった一般的な木瓜紋と、それほどの違いはありません。

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織田信長が定紋として使用した織田木瓜紋の読み方は、「おだもっこうもん」であり、瓜の切り口を思わせる絵柄ですが、子孫繁栄の意味を込めて鳥の巣がデザインされています。 家紋は 家柄や 地位などを表し、戦国武将は武具などによく用いていました。
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それが、織田信長です。 これは、朝倉家の同盟者であった「浅井長政」を通じての「織田信長への援護」だった、という説もあるようです。 五三桐瓜紋 織田信長が足利義昭(あしかがよしあき)を上洛させ、将軍職に就任させたときの恩賞として与えられたものです。

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こちらの円の中に葵の葉を三つ配した「 三つ葵紋」は『水戸黄門』をはじめ、江戸時代を舞台にした時代劇ではおなじみの家紋ですね。
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まとめ 今でも、戦国時代物の映画・ドラマで活躍することの多い織田信長ですが、その使用していた家紋は秀吉・家康のように権威付けするために一途に使用していたわけではなくて、 信長はその時々の状況に合わせて自由に変えていたようです。

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織田信長は7つも家紋を持っていた! まずは 織田信長の家紋について見ていきましょう。
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徳川幕府が、大名や旗本などの士族に系譜類の提出を命じ、集められた文書を編集した系譜集成です。

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揚羽蝶紋 「揚羽蝶」(あげはちょう)は、平家の盟主である「平清盛」(たいらのきよもり)が使用していた紋です。